先日、塩田剛三という合気道家(故人、初代養神館館長)の75歳までの演武・指導のビデオを拝見した。実に素晴らしかった。70歳を越えてもあんなに軽やかでリズミカルな動きができるのかと関心し感服した。
動きが軽快で力みがない。中心がピシッとしていて、体裁き、足裁き(入身、転換)が見事であった。また、相手に向う時、他人数掛けで大勢に向う時、武器に向う時の何も迷いを感じさせない動きは、心身の鍛錬の深さを感じた。
我々の稽古は、技を掛けるお膳立てができたところから技を練る稽古をするのが中心のように思うが、実はそのお膳立てをするところまでが大変であるということが、長く続ければわかってくる。この合気道家の演武は、そのほとんどが体裁き、相手の呼吸と合わせた動き、技といえば、呼吸投げしかない。しかし、技に入るまでの動きの素晴らしさ、そして一瞬の技に対する集中力が凄いのである。技の数が問題ではない。
この塩田剛三という人も凄いが、この方が開祖は凄かったというのだから、私のような開祖にお会いしたことのない人間からすればどんな方なのだろうかとワクワクしてしまう。そういえば思い出したが、開祖も晩年になるほど凄くなったというお話を私が習った師範からお聞きしたことがある。全てが一呼吸で済んでしまうと。
世間というのは実に広いなぁ。そして非常に深い。まだまだ学びたいことが出てくる。探ってみたいことが出てくる。
しかし、凡人が全てをすっとばしてこの合気道家をまねてもうまくはならない。段階が違うからである。
初心者であれば、片手取りからしっかり持たせて技を掛ける稽古をする。これは、①片手を取らせたほうが間違った間合いで技を掛けることがない。正しい相手との間合いをまずは身体で感覚的に覚えてからのほうが体がくずれない。②しっかり持たせたところで技を掛けてみて、手足腰の使い方を学ぶ。③かたちがある程度できてから正面打ちなど離れた間合いからの稽古取り入れて正しい位置で技を掛けることができるかを学んでいく。でないと姿勢が悪くなったり、力に頼ったりすることになる。
一概にこの順序で行くことが一番とはいえないが、学ぶことには順序と段階があるということが言いたい。私が拝見した演武は、要するに氷山の一角であり、その裏に隠れた鍛錬の深さがある。私はこれに素直に敬意を表したい。
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